先日、ニッポン放送「土田晃之日曜のへそ」で、ゲストに上地雄輔さんが出演し、自身の出身校・横浜高校野球部時代のエピソードを紹介。
その内容がとある有名な野球アニメのシーンに重なると話題になっています。
上地さんは、横浜高校野球部出身でキャッチャーで活躍していたのは有名な話で、小・中学校時代は”天才野球少年”と言われ、その才能は全国の高校38校からスカウト受けるほどだったそうです。
先日、ニッポン放送「土田晃之日曜のへそ」で、ゲストに上地雄輔さんが出演し、自身の出身校・横浜高校野球部時代のエピソードを紹介。
その内容がとある有名な野球アニメのシーンに重なると話題になっています。
上地さんは、横浜高校野球部出身でキャッチャーで活躍していたのは有名な話で、小・中学校時代は”天才野球少年”と言われ、その才能は全国の高校38校からスカウト受けるほどだったそうです。
そんな上地さんが名門・横浜高校に入学を決めた理由は、中学三年生の夏のこと。
テレビで見た横浜高校のある試合で、相手校の打者をズバズバ三振に仕留める横浜高校のある投手を見て、「俺、この人のいる学校に行く」と決めたそうです。
そんな憧れの先輩と兄弟のように行動を共にし、監督からも「お前らバッテリーで行くぞ!」と言われていたある日のことでした…。
その憧れだった先輩は、突然亡くなってしまったそう。
ほんの数時間前まで一緒にいた上地さんには、信じられない出来事で、当時好きだったアニメ「タッチ」が現実で起きているかのような錯覚を覚えたとのこと。
その先輩は、急性心筋梗塞で寝ながら逝ったそうです。
この突然の死に、野球部員たちは大変ショックを受けました。
きっと、それ以上に本人も夢半ばにして、かなわなくなってしまったことに、ショックと憤りを感じたことでしょう。
そして次の年、あの怪物松坂大輔投手が入学してきたそうです。
上地さんは松坂さんの球を最初受けたとき、「そうでもなかった」と語り、当時太っていた松坂さん、球は速いがコントロールはいまいちだったそうです。
この時上地さんは、他のすごい先輩の球を受けていたので「モノになるのかな?」と半信半疑だったそうですが、厳しい練習を得てだんだん体が絞られていく松坂さん。
次第にコントロールが定まり球威も増して「怪物」になっていったといいます。
ちなみに、細かい技術的なことも総合すれば、上地さんの憧れの先輩は松坂さんよりも優れていた選手だったそうです。
もし、生きていられたらものすごい選手になられていたことでしょう。
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