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世界で初めて整形手術をした7人がこちら!顔が衝撃すぎた!!!

世界で初めて整形手術をした7人をご紹介します!
2018/01/25 UPDATE
 
24,151 views

今は、簡単に整形を行える時代ですよね?


それも、大きなリスクを冒して

整形手術を受けた勇気ある人々がいるからなんですよね!!


そんな、チャレンジャーの方達をご紹介していきます!!

世界で初めて整形手術をした7人がこちら…

ウォルター・ヨー

ウォルター・ヨーは第一次世界大戦時の英国海軍の砲兵である。

ウォルターは1916年のユトランド沖海戦時に顔に大怪我をし

上下のまぶたも失った。

翌年ヨーは、「形成手術の父」として知られる

ハロルド・ギリース博士によって手術を受けた。

第一次世界大戦中、若手の外科医だったギリース博士は

戦闘で顔にひどい傷を負った多くの兵士を見かねて

英国戦争局に負傷箇所の形成手術のために

陸軍病院に特別な手術室を用意するよう掛け合った。

この行動が形成外科が医学の新しい分野として

受け入れられるきっかけとなり

後の美容外科の派生につながっていくことになる。
出典: tocana.jp

ウィリアム・M・スプレックリー

第一次世界大戦で英国艦隊第16大隊中尉であった

ウィリアム・M・スプレックリーも

ギリース博士が治療した患者の一人である。

彼はギリース博士の132人目の患者で

1917年、33歳の時に鼻の銃創治療のために入院した。

そして3年半後にようやく退院したと言う。
出典: tocana.jp

ウィリー・ヴィカレッジ

ウィリー・ヴィカレッジは

先述のヨー同様、1916年にユトランドの戦闘で顔に大怪我を負い苦しんでいた。

皮膚移植が必要であったが

抗生物質はまだ発明されていない時代

感染症が起きやすい皮膚移植は非常な困難を伴った。

しかしヴィカレッジの治療の際ギリース博士は

「tubed pedicle(筒状皮弁法)」を発明した。

これは胸または額から取った皮膚を

患部につなげるものだという。

筒状に縫われ、患部につなげられた皮膚によって

血液の循環は損なわれず、感染症リスクが減少するという革命的な発明であった。
出典: tocana.jp
次ページに続きます♬
(ここで改ページします)

ティミー・ジーン・リンジー

1962年、テキサスに住む若い主婦だった

ティミー・ジーン・リンジーは世界最初の豊胸術を受け

その後、この手術を受けた200万人以上の女性の礎となった。

ティミー・ジーンは15歳の時に1度目の結婚をし、26歳で離婚。

その後、付き合った恋人の勧めで胸にタトゥーを彫った。

しかしすぐに後悔し、整形外科医の手でタトゥーを除去してもらう。

その治療に通う病院で

乳房が垂れてしまった女性のために

豊胸術を研究している医者を紹介され

この手術の第一号となることを提案されたと言う。
出典: tocana.jp

マドモアゼル・ジーフラ

(ここで改ページします)
マドモアゼル・ジーフラはフランス人のモデル

そしてバレリーナだったが自分の脚の不格好さに悩んでいた。

そして、彼女は1926年にフランス人医師から

世界最初の脂肪吸引術を受けることを決心する。

しかしその手術は大失敗し、脚は壊疽を起こし

その結果、脚を切断しなければならなくなった。

結局、マドモアゼル・ジーフラはこの手術が原因で死亡し

医者は訴訟の結果、大金を支払ったという。
出典: tocana.jp

イザベラ・ディノワール

世界初の部分顔面移植は2005年にフランスで

口腔、顎顔面外科医のバーナード・ドゥヴァシェル医師と

ジャン=ミシェル・ドゥバナード医師がイザベル・ディノワールに行った。

患者のイザベルは飼い犬に顔を噛まれ

顔の大部分を失っていたが

ある脳死状態の女性から鼻と口を移植された。

2007年、手術の18カ月後に

この顔面移植手術の仔細な報告が

「ニューイングランド・ジャーナル・オヴ・メディシン」に公表され

センセーションを巻き起こした。

その記事には、患者は手術の結果にとても満足していること

この長い治療中、患者の免疫反応が最も課題であったことなどが書かれていた。

その後、世界初の「全体顔面移植」は

2010年にスペインで行われている。

出典: tocana.jp

マイケル・ディルトン

「phalloplasty(陰茎形成術)」はペニスの再建

もしくは整形手術で怪我の治療

もしくは美容目的に行われている。

「世界最初の人造男性」と呼ばれたマイケル・ディロンは

女性のローラ・ディロンとして

英国上流社会の家柄に生まれた。

ディロンはトランスジェンダー(性同一障がい)で

自分は女性の身体に閉じ込められた男性だと常に感じていたという。

彼はオックスフォード大学で学び

その後ケンブリッジの医学校で勉強し

医師の資格も持っていた。

彼は乳房切除、男性ホルモンの投与を経て

「形成手術の父」であるギリース博士に出会い

1946年から49年まで3年間にわたり十数回の手術を受け

名実ともに世界初の性転換者となった。

当時の社会では性転換はかなり奇想天外なことで

ギリース博士もディロンもその事実を隠そうと名前を変え

病名も違うものにしていた。

しかし結局メディアからの執拗な追跡は避けられず

英国社会から逃れるためにインドに向かったという。

ディロンはそこでチベット仏教に出会い

初めて心の平安を感じ、そのまま僧侶となった。

しかし彼は47歳の時インド北部で原因不明の死を遂げ

小説のような生涯を終えた。
出典: tocana.jp

コメント

1
  • 1. まとめいく訪問者
    2018-01-28 02:41:19 [通報]
    世の中の技術のなかには戦争があったからこそ確立されたものがあるなんて皮肉なものだよね
    4
    0
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