泉田知事といえば東電柏崎刈羽原発の再稼働に真っ向から異を唱えてきた、原子力政策に正対する数少ない首長。新潟日報はどのような思惑で泉田知事を追い詰めたのでしょうか。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんが鋭く迫ります。
泉田知事といえば東電柏崎刈羽原発の再稼働に真っ向から異を唱えてきた、原子力政策に正対する数少ない首長。新潟日報はどのような思惑で泉田知事を追い詰めたのでしょうか。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんが鋭く迫ります。
原発のプルサーマル計画に反対した福島県の元知事、佐藤栄佐久はのちに実質無罪となるでっち上げの汚職事件で東京地検特捜部に逮捕され政治生命を絶たれた。
東電柏崎刈羽原発の再稼働を認めない新潟県の泉田裕彦知事も、検察に狙われたが、どこを捜してもアラが見つからなかったとみえ、別のところから激しく攻撃の矢が飛んできた。第三セクターの取引をめぐる地元紙の知事批判キャンペーンにさらされ、ついに、県知事選への出馬を撤回する決断に追い込まれたのだ。
この二つの出来事、国家の暴力と、ペンの暴力という違いはあれ、似たような構図だ。市民の安全のため原発の危険性に真摯に向き合った首長には、どこかから巨大な魔の手が襲いかかってくる。
ことし8月30日、泉田知事は自身の後援会のサイトに「この秋の新潟県知事選挙からの撤退について」という声明文を発表した。
”(前半省略)今回の選挙は政策論と関係ない動きが続いている…特に、日本海横断航路に関する一連の新潟日報の報道は、憶測記事や事実に反する報道が続きました。…訂正や説明もなく、最近まで県から申し入れがあった事実も報道してもらえませんでした。…このため、県が組織的に虚偽答弁をしているのではないか等の誤った印象が形成されている…新潟県内で大きな影響力を有する新聞社が、県の説明は読者に伝えることはせず、一方当事者の主張に沿った報道のみがなされている状況です。また、東京電力の広告は、今年5回掲載されていますが…原子力防災については…県民の生命・健康を守るうえで重要な論点の報道はありません。このような環境の中では、十分に訴えを県民の皆様にお届けすることは難しいと考えています。以上のような状況に鑑み、この秋の新潟県知事選挙からは撤退したいと思います。”
泉田知事は四選出馬に意欲を示していただけに、いかにも唐突な撤退表明だった。しかもその理由が、新潟日報の報道にあるというのだから、あまりに異例で合点がいかない。
しかし、泉田知事が名前をあげている以上、新潟日報の記事を検証してみる必要があろう。同紙が原子力防災よりも力を入れているように泉田知事に感じさせた一連の報道をたどることで、なにがしかの真相が見えてくるかもしれない。
まず、事実関係を整理しておこう。
新潟~極東ロシアを結ぶ日本海横断航路は2007年、新潟経済界が新潟国際海運株式会社を設立し、民間事業としてスタートしたが、傭船を用いたこともあって安定的な運航ができず、自前の船舶を持つ必要に迫られた。自己資本を増強して船舶を購入したいという要請に応じ、新潟県は2015年、新潟国際海運に3億円を出資した。
新潟日報が問題にしたのは、その後の船舶選定、購入契約をめぐる売主とのトラブル、損失に関する、泉田県政の責任だ。
新潟国際海運には以前からナフジェイ・パナマ社という子会社(ペーパーカンパニー)がある。この子会社が2015年8月、韓国の船舶販売会社「セオドン社」と中古フェリーの購入契約を結び、前金として約7,400万円を支払ったのだが、同年10月、フェリーの速度不足が発覚し
パナマ社が契約違反だとしてフェリーの引き取りを拒否したため、セオドン社は日本海運集会所に仲裁を申し立てた。集会所は今年7月7日、パナマ社に対し、セオドン社に約1億6,000万円を支払うよう命じた。
この支払いを実行すると、前金と合わせ2億3,000万円をこえる損失が出るわけだが、その責任の所在がどこにあるのかについて、新潟日報の報道と、県側の説明は大きく食い違う。
新潟日報の報道では、県、国際海運、パナマ社が一体的に船の選定作業や契約交渉を進めてきたとしているが、これに対し県は、新潟国際海運とパナマ社から事前に購入契約の報告がなく、契約をめぐるトラブルに県は関与していないと主張する。
新潟日報は今年7月21日、28日、8月2日、4日、9日、11日、23日の紙面などで、この問題を追及する記事を掲載、そのつど、県側は「取材に基づかない一方的な憶測記事だ」などと抗議文を送っている。
パナマ社が購入契約を結んだ中古フェリーは、韓国の修学旅行生ら多数の犠牲者を出したセウォル号の会社(事故後に倒産)がかつて所有していたものらしく、セウォル号のように日本のフェリーを改造したため重量が増し、速度が出なかったらしい。そのことを売り主側が知らないはずはなく、胡散臭さが漂ってくる事案ではある。
が、この稿でそのことに深く立ち入る気はない。つまるところ買主側の事前チェックが甘かったのが最大の問題であり、出資した新潟県の知事にも一定の責任はあるだろう。
筆者が気になるのは、独自ネタとはいえ、新潟日報はなぜこれほど泉田県政批判を執拗に続けるのかということだ。そんなにニュースバリューのある記事だろうか。
泉田自身が悪事をしでかしたとか、取り返しのつかない失政をしたとかいうことではない。一義的には、お粗末な取引で損失を出した国際海運や、パナマ社の社長が責任を負うべきであろう。
新潟日報の記事にはこうある。
”県は国際海運の約65%の株を押さえる大株主で、他の出資者とは全く異なる。株主総会を通じて国際海運を支配可能であり、知事は「親会社の社長」と同様の立場にある。”
そういう理屈も成り立つかもしれない。が、県政全般を見なければならない知事が、国際海運の「親会社の社長」のごとく、特別この事業に肩入れすることがはたして県民にとって好ましいのだろうか。市が出資する三セクとはいえ、会社の代表に事業を任せるのが普通だろう。
知事には仕事に優先順位をつけ、重要度の高い政策に取り組んでもらいたい。泉田知事が福島第一原発事故のあと、一貫して、柏崎刈羽原発の安易な再稼働に抵抗する姿勢を示し続けていることは、原発の立地する地域の首長のありようとして大きな意味がある。
電事連や資源エネルギー庁を核とする「原子力ムラ」の圧力をはねかえして、地域住民の安全確保を重視する立場に居続けることが、どれほど大変であり、保身の観点からは危険きわまりないことか、という認識を、我々は持っていなければならない。
泉田知事自身も2013年9月、フリージャーナリストも参加できるメディア懇談会で、「福島県の佐藤栄佐久前知事のようになると感じたことはありますか」と質問され「感じたことはあります。車をつけられたときはやはり怖かったです」と語っている。
たしかに泉田のような融通のきかない知事は、柏崎刈羽原発の再稼働で利益を得る電力会社などの企業群や、その利益の配分にあずかる政治家、官僚にとっては一刻も早く消えてもらいたい存在であるに違いない。
そういう知事を持つ自治体の地元紙が、一つの失敗をあげつらって執拗に批判記事を繰り返し掲載し、追い落としをかけるような報道姿勢を続けてきたのだ。
もし、「東京電力の広告は、今年5回掲載されている」という泉田知事の指摘が示唆するように、広告収入に占める東電のウエートの大きさや、電力会社の莫大な資材調達の恩恵に浴している企業群とのつきあいのうえから、泉田知事バッシングに及んだのだとしたら、ジャーナリズムの自殺行為であり、もはや救いがたい。
ともあれ電事連は、泉田の知事選撤退表明を受けて、さぞかし勝利感にひたったことだろう。知事選撤退となれば、泉田は結果として、原発推進勢力の圧力に屈したことにならないか。いままでなんのために踏ん張ってきたのか。
前回選挙で泉田を支援した自民も公明も、こんどの選挙では別の候補者を応援するかまえを見せている。だからといって、勝ち目がないわけではない。電事連からカネを渡されたジャーナリストらによる「変人キャンペーン」に煩わされてはいても、いぜんとして、泉田は人気のある知事なのだ。
かつて大阪府知事だった橋下徹が、関電大飯原発の再稼働に反対していたにもかかわらず、突如として容認に転じたが、まさか彼と同じように、怖気づいてしまったとは、思いたくない。
泉田知事は新潟日報の報道を知事選撤退の理由にしているが、そのキャンペーン報道の背後にうごめく「モンスター」をその身に感じているのかもしれない。
地域に同化するあまり、カネとしがらみに搦め捕られている首長が多いなか、既得権勢力におもねることもなく原発再稼働に異を唱える数少ない知事である。
原発再稼働を一気呵成に進めたい電事連ならびに、その「虜」に再び成り下がった原子力規制当局の「天敵」ともいえる知事がこのまま退場するなら、福島原発の事故後に根治手術を施すべきだった日本の病巣はますます広がってしまう。
民進党は候補者を出すのかどうかまだ決めていない。この状況のままでは原発推進派の知事が誕生する可能性が高い。
『国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋
著者/新 恭(あらた きょう)
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