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【懐かしさ満点!】今だからこそ子供に見せたい! 日本の心アニメ・まんが日本ばなし18話!

40代以降の方なら皆さんご存知のアニメ・日本昔話。全国ご当地のお話に独特なナレーションがとても懐かしさがこみ上げてきます。 夏休みにお子さんとご一緒に是非ご覧ください。
2016/08/03 UPDATE
 
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  • 日本を代表するアニメ『まんが日本昔話』

  • 今、テレビCMでも日本の昔話、おとぎ話に出てくるキャラクターを使ったストーリーが話題になっています。

    日本人なら誰しもが知っているストーリーを、現代風にアレンジして話題になっていますが、さて実のところ本題のマンガをあまり思い出せなかったり、いろんなストーリーが混ざって記憶してしまったりされている方も多いはず。

    一昔前までは、子供のころ寝物語に親御さんや、おじいさん、おばあさんに読み聞かせしてもらった!なんていうこともありましたが、最近では共働き世帯も多く、中々そんな時間取れないのではないでしょうか。

    昔話に『正解』というものはありませんが、今一度、そのストーリーに触れてみてください。今回は、18話をまとめてみました。

    _______________________

    1975年(昭和50年)に開始。放送枠は30分で、作詞家の川内康範が監修に携わり、川内の娘で童話作家である川内彩友美が企画。毎回日本各地に伝わる昔話が映像化され、市原悦子と常田富士男の両名が一人で何役もの声を使い分ける独特の語りによって紹介する。スタッフに一流のベテランアニメーターやイラストレーターが多数起用された。番組内で使われた音楽にも川内の甥である北原じゅんの純邦楽からロック、フォーク、ラテン、クラシックなどを織り込んだ多彩かつ無国籍な音楽が使用された。


    ※ウィキペディアより抜粋



  • 日本を代表するアニメ『まんが日本昔話』

  • まんが日本昔話を動画とあらすじを18話にわたってご紹介します。

    また、最後にその他の『まんが日本昔話』の動画を楽しめる動画サイトをご紹介いたします。
  • 1:昔話の代表作:わらしべ長者 【奈良県】

  • 地域:奈良県のお話し

    何をやっても上手くいかない貧しい男が、運を授けて欲しいと観音さまに願掛けをする。すると観音さまが現れ、お堂を出た時に初めて手にした物を大切にして西へ行くようにと言われる。

    男はお堂を出たとたん転んで一本の藁を手にする。それを持って西へ歩いていくとアブが飛んできたので、藁でしばって歩き続けた。泣きじゃくる赤ん坊がいたので、藁につけたアブをあげた。すると母親がお礼にと蜜柑をくれた。

    木の下で休んで蜜柑を食べようとすると、お金持ちのお嬢様が水を欲しがって苦しんでいた。そこで蜜柑を渡すと、代わりに上等な絹の反物をくれた。男は上機嫌に歩いていると倒れた馬と荷物を取り替えようと言われ、死にかけの馬を強引に引き取らされてしまった。やさしい男は懸命に馬を介抱し、その甲斐あって馬は元気になった。

    馬を連れて城下町まで行くと、馬を気に入った長者が千両で買うと言う。余りの金額に驚いて失神した男を、長者の娘が介抱するが、それは以前蜜柑をあげた娘だった。長者は男に娘を嫁に貰ってくれと言い、男は藁一本から近在近郷に知らぬ者のない大長者になった。
  • 2:東北大震災後、話題になった昔話:みちびき地蔵 【宮城県】

  • 地域:宮城県のお話し


    漁を終えた母親は、獲った魚と幼い息子・浜吉の手を引いて家路を急いでいた。

    途中、疲れ果てて眠りかけている浜吉を起こしていると、目前の岩の上に「みちびき地蔵」と呼ばれる地蔵が見えた。この地蔵には「死ぬ人が前日にお参りに来る」という言い伝えがある事を母親は思い出していると、ちょうどそこへ村の婆さんがふわふわ浮かび上がりながら地蔵を拝み、空へ消えていく姿が見えた。

    「あのお婆さんは病気だったからなぁ・・・その後ろの若い男は事故にでも遭うのかな・・・赤ん坊を抱いた若い女?お産に失敗してしまったのかな・・・」等と順番待ちで並んでいる人々を見ているうちに、母親はやけに大勢の人々がお参りに来ている事に気付く。

    しかも、人々に混じって馬までも見えた。やがてそれらは空へ消えていった。「これは明日何かが起こるのかもしれない・・・」と恐ろしい気持ちになった母親は、既に目を覚ましていた浜吉とともに大急ぎで自宅へ帰った。この事を夫に話したが「狐にでも化かされたんだろう」と笑い飛ばされてしまった。

    その次の日は、月の内一番潮が引く大潮の日だった。それもいつになく遠くまで潮が引いており、満潮近くの時間になっても潮が満ちる気配はなかった。浜吉親子を含む村中の人々が浜辺で楽しそうに海藻を取っていたが、浜吉の母親だけは昨日見た事が頭から離れず、不安が募っていた。

    そんな時、急に大きな津波が押し寄せてきた。浜は騒然となり、浜吉一家も大急ぎで小高い丘へ駆け上がった。大波は浜辺のみならず村をも飲み込んで丘の前で砕け散り、一家は難を逃れた。「昨日見た光景は、本当だったんだ・・・」と母親は慄きながらも納得していた。

    この時61人の人が亡くなり、6頭の馬が波に呑まれたと、当時の村の書付に記録されている。「みちびき地蔵」は死者を導くありがたいお地蔵様として、線香や献花が絶えなかったという。
  • 3:カチカチ山 【新潟県】

  • 地域:新潟県のお話し



    むかしむかし、ある所にお爺さんとお婆さんが暮らしておった。二人の畑が狸にひどく荒らされるので、お爺さんは切り株に「とりもち」を塗って狸を捕まえた。そうして、狸を懲らしめてやろうと、狸を縛って家の台所の梁に吊るしたそうな。

    すると、お爺さんが出かけた後、狸はお婆さんが一人で餅をつき始めたのを見計らって、餅つきの手伝いを申し出た。お婆さんが狸の縄をほどいてやると、たちまち狸は杵でお婆さんを殴り殺してしもうた。

    お爺さんがお婆さんの亡骸を抱いて泣いておると、以前、二人が傷の手当てしてやった兎がやって来た。お爺さんから訳を聞いた兎は、お婆さんの仇をとることにした。

    翌日、兎はわざと狸の通り道で萱を集めておった。すると、狸がやって来て、手伝ってやろうと言って萱を半分背負って歩き出した。ずるい狸は兎が集めた萱で自分の家を建てようとしたのじゃ。

    兎は「カチカチ鳥が鳴いている。」と言いながら、知らん顔をして、狸の背中の萱に火打石で火をつけた。萱が燃え上がって、狸の背中は丸焦げになってしもうた。

    次の日、狸が仕返しにくると、兎は変装して狸を騙し、火傷の薬だと言って、狸の背中に蓼(タデ)の葉入りの辛子味噌を塗りたくった。これが火傷の傷にばっちり滲みて、狸は飛び上がって逃げ出した。

    また次の日、狸が仕返しに来ると、兎はまた変装して狸を騙し、今度は狸を魚獲りに誘った。兎は自分は小さい木の舟に乗り、魚を一杯乗せることができるからと言って、狸を大きな泥の舟に乗せた。

    二匹が深い川に舟を漕ぎ出すと、兎は「泥の舟はザックリ砕けろ、えんやこらせ~♪」と歌った。するとそのとおり、泥の舟は水が滲みて砕け、狸は川に沈んで二度と浮かんでこんかったそうな。

    こうしてお婆さんの仇を打った兎は、お爺さんと一緒にお婆さんのお墓に手を合わせ、お婆さんの冥福を祈ったのじゃった。
  • 4:おいてけ掘り 【東京都】

  • 地域:東京都のお話し



    江戸の町のお掘りに「おいてけ堀」と呼ばれるお堀がありました。そこで釣りをした人が帰ろうとすると、お堀から不気味な声で「おいてけ~」と言う声が聞こえるので、皆が魚を放り投げて帰ってしまうのです。

    この噂を聞きつけた、ある魚屋のとっさまは「そんな物が怖くて魚屋が出来るけぇ」と威勢の良い啖呵をきり、お嫁さんが止めるのも聞かず、その堀に魚天秤を持ってねじり鉢巻で勇んで出掛けていきます。

    さて、釣りを始めたとっさま。釣れるわ、釣れるわ。上機嫌です。しかし周囲は段々暗さを増し、冷たい風も吹いてきました。止せばいいのに、そのとっさまは後で仲間に自慢する為にキセルを一服します。「おらぁ、釣った後も、堀端でキセルを吸ってきたとね。

    さて、いよいよ帰ろうと立ち上がったとっさまに、例の「おいてけ~」という不気味な声が聞こえてきました。とっさまは耳を塞ぎ「釣った魚をおいてけるけぇ」と啖呵をきり、そのまま逃走。声が聞こえない所まで来ました。

    そこは柳の下でしたが、そこで立ち止まったとっさまの耳に「カランコロン」と下駄の音が聞こえてきます。ハッと身構えたとっさまの前に現れたのは色も透き通る様な美人でした。その美人はこう言います。「その魚を売ってくださいな」。しかしとっさまは「皆に見せるまでは誰にも売らねぇ」と言い張ります。すると女は「これでもかえ?」と言って顔を撫でると、何と「のっぺらぼう」になってしまいました。驚いたとっさまは魚の天秤を投げ出して逃げていきます。

    そして辿り着いたのが、ニ八そばの屋台。そば屋の主人に震えながら事の詳細を話すと、振り向いたそば屋も何と「のっぺらぼう」。とっさまは悲鳴をあげて腰が抜けた状態で逃げていきます。

    ようやく家に着いたとっさま。お嫁さんが「どうしんだえ?お前さん」と聞いたので、とっさまは自分の身に起きた事を嫁さんに話して聞かせます。話を聞き終わった嫁さんは、「そうかえ、するとあんたの見たのっぺらぼうはこんなんじゃなかったのけぇ?」と顔を一撫ですると、何と女房までが「のっぺらぼう」に。腰を抜かしたとっさまはもう訳が分からずその場を逃げ出し、ある所で気絶してしまいました。そこは例の女と出会ったお堀端の柳の木の下でしたとさ。
  • 5:キツネの恩返し  【東京都】

  • 地域:東京都中野のお話し


    昔、東京の中野に旅のお坊さんが住み着いた。お坊さんは修行に明け暮れていたが、当時の中野は人気のないところだったので、寂しさを感じていた。

    ある春の日。坊さんは野原で石仏を作っていた。そこにキツネが現れた。キツネはしばらくお坊さんの方を見ていたが、やがて去っていった。お坊さんは久々に生き物を見たので、あのキツネがまた来ないかと気にしながら毎日を過ごしていた。

    そんなある日、あのキツネがまたやってきた。お坊さんはキツネに柿をふるまってやった。キツネは食べ終わるとまた帰っていった。それからキツネは毎日お坊さんの所へくるようになった。お坊さんは自分の食事を分けてやるようにした。キツネはすっかり懐き、昼はいつもお坊さんの傍にいて、夕方になると帰っていくようになった。

    ある秋の日、お坊さんは用ができて町へ行かねばならなくなった。日が暮れたころ戻ると家に灯りがついている。キツネが囲炉裏に火を焚いて待ってくれていたのだ。その日キツネはお坊さんの家に泊まっていった。

    初雪の降る日、お坊さんはキツネの身を案じて遅くまで起きていた。すると戸口から物音がする。開けてみると袋をくわえたキツネが入ってきた。そして「坊さん、この袋の中に米と小豆が入っているから粥でも作ってくれろ。寒いから粥でも食って温まろ」と言った。お坊さんとキツネは仲良く小豆粥を食べた。その晩、キツネはお坊さんと一緒に寝ながら恩返しがしたいと言い出した。お坊さんは火事にあわないこと、水が夏に冷たく冬に暖かければいいと言うた。

    その時から中野の水は夏冷たく、冬暖かくなり、火事もあまり起こらなくなったそうな。
  • 6:ぶんぶく茶釜  【群馬県】

  • 地域:群馬県のお話し


    和尚さんが古い茶釜を買ってきて、お湯を沸かそうと火にかけたところ、茶釜が「熱い!」と悲鳴をあげた。気味悪がった和尚さんは、古道具屋にただで譲った。

    古道具屋は家に持って帰って、その茶釜がタヌキが化けたものだと知る。タヌキはその姿のまま元に戻れなくなってしまったというので、古道具屋はタヌキの言われたままに見せ物小屋を作ってやり、分福茶釜と銘打って見せ物をしてたくさんのお金を稼いだ。

    やがてタヌキは病気を患い、茶釜の姿のまま死んでしまった。古道具屋は茶釜をお寺に運んで供養してもらった。その茶釜は茂林寺に今も伝えられているという。
  • 7:こぶとり爺さん 【東北地方】

  • 地域:東北地方のお話し


    顔に大きなこぶのある、のんきなお爺さんと心の狭いお爺さんがいた。

    のんきなお爺さんが森に木を切りに行くと、突然雨が降ってきたので木のうろで雨宿りをすることにした。いつのまにか眠ってしまい、目が覚めると鬼たちが楽しそうに踊っていた。

    お爺さんもついつい鬼たちの輪の中に入っていってしまった。お爺さんの踊りを気に入った鬼が、また明日も来るように、それまでこれを預かっておくと言って顔のこぶをとってくれた。

    あくる日そのことをもう一人のお爺さんに話すと、その爺さんも、さっそくその夜に鬼の踊りの輪の中に飛び込んでいった。しかし陽気なお爺さんと違って、踊りが大嫌いでいやいや踊っていたものだから、鬼たちはすっかりしらけてしまった。

    お爺さんはこぶをとってくれと嘆願するが、逆に昨日預かっていたこぶを顔につけられてしまい、両方の頬にこぶをつけて一生を送らなければならなくなってしまった。
  • 8:身代わり地蔵  【大分県】

  • 地域:大分県のお話し

    昔々、あるところに、歳を取った母と五作という親孝行な息子が、二人で暮らしていました。五作は貧乏でしたが信仰深く、朝夕近くのお地蔵さまに手を合わせておりました。

    ある日、母が「お前のお父が生きておった頃、よくマクワウリ(甜瓜、メロン)を買ってきてくれたもんじゃ。ありゃうまかった」と言いました。

    五作は、母のそんな話を聞いて、悪いことだと思っていましたが、近所の畑からマクワウリを盗んでしまったのです。何も知らない母親は、うまいうまいと言ってマクワウリを食べました。

    しばらくして、母親が「もう一度だけマクワウリを食べたい」と言うので、五作は再び畑に盗みに入りました。けれど運の悪い事に、五作は畑の主人に見つかってしまったのです。怒った主人は持っていた刀で五作の肩を切り付け、気を失っている五作を残して去っていきました。

    次の日、畑の持ち主はすっかり後悔しておりました。ウリの一つや二つ盗んだくらいで、刀で切りつけるなどと、あまりにひどいことをした。そう思いながら、五作の家への道をやってくると、村人たちがお地蔵さんの祠の前に集まっていました。

    なんとお地蔵さまの肩のところに、刀で深く切られた跡がありました。畑の持ち主は大急ぎで五作の家へ行き、無傷の五作を見て驚きました。畑の持ち主は五作の手を引っ張って、お地蔵さまのところへ連れていきました。

    五作はお地蔵様を見て涙を流しました。「ああ、このお地蔵さまが、わしの身代わりになって下さったのか、お地蔵様ゆるしてくだせぇ」そう言って息子はガックリと膝をつくと、お地蔵さまに謝りました。

    やがてこの話は広まり、このお地蔵さまは『身代わり地蔵』と呼ばれて、人々から敬われ、慕われたということです。
  • 9:だんだらぼっち  【三重県】

  • 地域:三重県のお話し


    むかし、三重県の波切(なぎり)という漁村の沖に大王島(だいおうじま)という島がありました。その大王島には『だんだらぼっち』という一つ目の大男が住んでいました。だんだらぼっちは島から海を一跨ぎして村へやってきては、魚や米俵をごっそり持って行ってしまうのでした。

    村人達が追い払おうとすると、だんだらぼっちは怒って大暴れし、畑や家をめちゃくちゃにしてしまうのでした。困り果てた村人達は、だんだらぼっちを追い払うために、一平という男の子の考えた作戦をやってみることにしました。

    そしてある晴れた春の日、いつものようにだんだらぼっちが波切の村へやってきました。すると、道の途中に周りが十間もある大きな竹籠が置いてありました。だんだらぼっちが不思議がっていると、「それは昨日の夜やって来た千人力の大男の煙草入れじゃ。」と、一平が現れて告げました。

    だんだらぼっちが驚いて歩いて行くと、今度はコマセ袋という太さが一抱え半、長さが五間もある大きな魚の網が干してありました。「これは千人力の男の股引じゃ。あいつの力や大きさには、お前なんか敵わねえ。」と、また一平が現れます。

    だんだらぼっちがびくびくしながら歩いて行くと、今度は魚をとる網がいくつもつなぎあわされて竿で高々と干されているのでした。「これは千人力の男の着物じゃ。あいつは人間より大きい奴がいたら毬のように放り投げて遊びてえって言っておったぞ。」と、またまた一平が現れます。

    だんだらぼっちが恐ろしくなって逃げ出すと、目の前に村人達が畳十枚ほどの大きな草鞋を引き出しました。「千人力の男の履き物じゃ!あいつはもうすぐここに来る!」と、村人達が叫びます。

    それを聞いただんだらぼっちは、とうとう大慌てで大王島に逃げ帰って行きました。こうして一平の知恵で、だんだらぼっちは二度と波切の村にやってこなくなり、その後、姿を見た者は誰もいなかったということです。
  • 10:墓場の犬  【関東地方】

  • 地域:関東地方のお話し


    昔、狩人が雪山で遭難し、谷底の岩の割れ目に猟犬と一緒に避難した。すると不思議な事に、割れ目の奥には立派な屋敷が建っていて、一人の気味の悪い老婆が住んでいた。

    老婆は、「お主の連れている猟犬とわしの犬と、噛み比べをしないか?」と話を持ちかけ、子牛ほどの大きな斑(まだら)の犬を出してきた。狩人の犬も十分に強い犬だったが、斑の犬に睨まれると金縛りにあったように倒れ込んでしまい、斑の犬に丸飲みにされてしまった。それを見ていた狩人は、老婆が恐ろしくなり屋敷から逃げ出した。

    大事な猟犬を見殺しにした事を後悔しながら、狩人がとぼとぼ歩いていると、一人の山伏が前を歩いている事に気が付いた。しばらくして墓場にたどり着いた山伏は、たちまち大きな犬に姿を変え、墓を掘りかえして死体を食べ始めたのだった。そして、「わしがお前の犬の仇をとってやろう」と、墓場の犬が言いだした。

    墓場の犬を連れた狩人が、再び老婆の屋敷に戻り、もう一度噛み比べをする事にした。墓場の犬は斑の犬の眼力に屈することなく、斑の犬を丸ごと飲み込んで勝利した。それを見ていた老婆が「よくもわしの息子を!」と叫び、自分も大きな犬に姿を変え、狩人に襲いかかってきた。一瞬早く狩人の鉄砲が火を吹き、そのまま狩人は気を失ってしまった。

    狩人が目を覚ますと、死んだはずの猟犬が、冷え切った狩人の身体を暖めてくれていた。なんと、今までのことは全て夢だったのだ。冬山で気を緩めて眠ったりすると、死の闇から魔物がとり憑いて命を落とす、ということか。
  • 11:又部の弁天さん  【兵庫県】

  • 地域:兵庫県のお話し


    昔、兵庫県の又部新田村(またべにったむら)に、弁天池とよばれる大きな池がありました。池のほとりには弁天様がまつってあって、池の水は田畑を潤すありがたい水でした。

    この村に、彦衛門という百姓が嫁さんと二人で暮らしていました。彦衛門は弁天池の守り番の仕事もしていたので、毎日のように弁天様をお参りしていました。するとある日、弁天様が「彦衛門の家へ遊びに行きたいが、天界の身だから家の人に見られたら困るので、嫁は他所へやってもらえんか?」と言われました。

    べっぴんさんの弁天様の頼みを断れるわけがなく、彦衛門はどうにか理由をつけて嫁を帰省させる事にしました。嫁が出発すると、さっそく弁天さんが彦衛門の家に現れ二人で楽しくお話していましたが、やがて怪しいと感づいた嫁が家に戻ってきました。

    二人の様子を見た嫁は、カンカンに怒って彦衛門につめ寄りました。大げんかが始まる中、弁天さんは「うちは天界の身。下界の者に見られた以上、もうここにはおれん」と言って、雲に乗ってすうっと飛んで行ってしまいました。

    弁天様がいなくなったこの村では、彦衛門がすがってちぎれた弁天様の片袖をご神体としておまつりしました。一方、淡路へ行った弁天様は、一か所にじっと留まらない「まわり弁天」となって、今も各地を回っているそうです。
  • 12:みみずの涙  【沖縄県】

  • 地域:沖縄県のお話し


    昔、沖縄の那覇に奥武山(おーぬやま)という島があり、そこには数多くのみみずが住んでいた。

    ある夜みみずの仲間で宴会が開かれることになり、トントンミーとワタブーも少し送れて宴会にやって来た。皆が楽しく食べたり呑んだり踊ったりしてる中、一人悲し気な顔をしている年寄りのみみずがいる。年寄りはみみずの数が増えているのが悲しいのだという。

    年寄りみみずは、みみずはどんどん増えるのに島は大きくはならない。仲間が増えれば増えるほど島は狭くなり、食べ物も不足する、それで悲しいのだと言った。その話を聞いたトントンミーや他のみみずも悲しくなり、皆で泣き出してしまった。

    その頃浜の近くでは、一匹のハブが酔っぱらっていい気分でうとうと眠っていた。すると山の上の方から水が流れてきて、ハブは寝ている間に海へ流されてしまった。突然海にハマってびっくりしたハブは、やっとことで岸に泳ぎついた。そうして水が流れてきた山の上の方へ登っていった。すると大勢のみみずが涙を流して泣いている。さっきの水はこのみみずの涙だった。

    みみず達が泣いている理由を知ったハブは呆れ顔で、みみず達を岸辺に連れていった。そうして海の向こうに見える渡地(わたんじ)という島を指して、あの島はここよりずっと大きくて食べ物も豊富にある。あそこに移り住めばいいと教えた。

    みみず達は半信半疑だったが、とにかく誰か渡地へ調べに行ってもらうことになり、若いトントンミーとワタブーに決まった。2人は葉っぱの舟に乗り、渡地へと向かった。2人はゆらゆら揺れる舟にうんざりしながらも旅を続けた。ようやく渡地へ着いた2人が、土を食べてみると、奥武山よりずっと広くて美味しい土だった。

    その後、皆で渡地へ渡ったみみず達は、広大な土地で何不自由なく幸せに暮らしたそうだ。

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