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【過去に京唄子らが所属】老舗芸能事務所のさち子プロが多額の負債をかかえ破産

さち子プロという老舗芸能プロダクションが破産。
2016/05/27 UPDATE
 
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老舗芸能プロダクションさち子プロとは?

TDB企業コード:960423086
「東京」 (株)さち子プロ(資本金1000万円、新宿区左門町6-7、代表小川幸子氏)は、5月18日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は松本賢人弁護士(千代田区神田小川町1-3-1、鳥飼総合法律事務所、電話03-3293-8817)。債権届け出期間は6月15日までで、財産状況報告集会期日は8月25日午前10時30分。

当社は、1967年(昭和42年)9月、演劇興業の企画、制作などのほか芸能プロダクション業を主な目的として設立された。業界においても老舗プロダクションの一つに数えられ、過去には女優・漫才師として有名な京唄子氏、正司照枝氏、正司花江氏のほか、浅茅陽子氏、芦屋小雁氏など30名程度のタレントが所属していた。

所属タレントの管理・配役などのほか、演劇興業の企画、制作、請負などを手がけていたが、厳しい業界環境が続くなか、ここにきて今回の措置となった。

負債は現在、調査中。

芦屋小雁さんも所属してた

裸の大将・山下清で有名な芦屋雁之助を兄にもち雁之助さんの死後
山下清役を受継いでいるそうです。

京都府京都市出身。兄に俳優の芦屋雁之助、弟に芦屋雁平(初代芦屋凡凡)がいる。西部里菜は姪。身長155cm、体重74kg。
1959年に 花登筺、大村崑、芦屋雁之助らと共に劇団「笑いの王国」を結成する。
1960年、兄・雁之助、大村とともに3組合同による『テレビ結婚式』を行い、最初の結婚。
1961年 、兄弟で出演したテレビ『番頭はんと丁稚どん』で人気を博す。
1964年 に劇団「喜劇座」を結成。
芦屋三兄弟で最初の吉本新喜劇デビューは雁之助ではなく小雁だった。
1960年代からSF映画・ホラー映画の蒐集を始め、日本有数のフィルムコレクターとしても知られる。家庭用ビデオ機器が普及していない頃から、日本国外より闇の複製フィルムなど多数のフィルムを入手して、1985年当時には500本余りのコレクションを築く。テレビ局から定期的にフィルムの貸し出し依頼を受けるほどだった。もともとは映画を作ろうと、勉強のためフィルムを入手したことがきっかけで始まったコレクションである[1]。
1982年には新築した自宅の2階に映写室をしつらえて、約50人を収容するミニ映画館も設置した[1]。
1987年、17年間別居状態だった妻と正式離婚し、女優の斉藤とも子と再婚。28歳の年齢差が話題になる[2]。妻となった斉藤はフィルムコレクションを嫌がり、その大半を泣く泣く処分。後年、コレクション処分を悔やんでいる。
1995年に斉藤と離婚し[3]、1996年、30歳年下の女優勇家寛子と再々婚。
2004年から『裸の大将放浪記』舞台版では山下清役を兄の死後受け継いで演じている[4]。
2007年から神戸映画資料館の名誉館長も務めている[5]。

さち子プロの破産についてツイッターでは…

あまり興味がない人が多い印象でした…。



栄枯盛衰ですね。

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