戦時中の日本の悲惨さを市民目線で語ったことで注目を集めた「火垂るの墓」ですが、主人公である節子と清太の兄妹が実は幽霊だったとの噂があります。
「火垂るの墓」はその悲しすぎるストーリーから印象に残っている方も多いのではないでしょうか…
監督の高畑勲さんは亡くなってしまいましたが、いつの時代の人が見ても胸を打たれる、後世に受け継がれるべき名作ですよね。
節子と清太の兄妹が幽霊であるという説について調べてみました。
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節子と清太が幽霊だったと解釈されるきっかけとなったのは、高畑勲監督のあるインタビューからだったようです。
高畑勲監督はインタビューでこのように語りました。
これを受けて、清太と節子の幽霊が登場していることが判明し、様々な解釈が生まれました。
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確かに物語は駅で清太が亡くなり、足元に転がっていたドロップの缶を駅員が見つけて、放り投げ、缶の中から節子の骨が出てくるというかなりショッキングなシーンから始まります。
一連の物語は死んでしまった清太の回想で、赤い光が差す時に登場しているのが幽霊となった兄妹です。
2人は自分たちの姿を何度も見ているのでしょうね…
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永遠の時を生きる辛さが表情から伝わってきます。
また、幽霊の清太が語っているセリフがこちらです。
あまりに凝った演出でなかなか気づきにくいですが、見返してみると納得できるかと思います。
普通に見ていても胸が締め付けられる悲しい作品ですが、幽霊になって繰り返し記憶を見ていると知るとなお胸を打たれますね。
この幽霊になった理由については、地縛霊になったからとも戦争が「終わりのない悪夢」であることを表しているとも言われていますが、実際のところは分りませんでした。
作中では、母親が亡くなった清太と節子はおばさんの家で共同生活をします。
しかし、おばさんとの諍いが原因で清太は節子と2人で防空壕で生きていくことを決心し、結果節子を死なせてしまいます。
これに対して、「清太がクズすぎる」との意見がネット上でもよく見られました。
しかし、高畑勲監督はこの清太と現代の若者に類似性があると考えていたようです。
高畑勲監督は戦時中の兄妹に現代の若者の姿を清太に投影したんですね。
そして、結果節子を死なせてしまい、自分も死んでしまった清太は幽霊になりました。
節子との生活の中で楽しい時間もあったでしょうが、同じ時間を繰り返すことはとても不幸なことだと高畑勲監督はおっしゃっています。
そして、ラストシーンには神戸の美しい夜景が映し出されます。
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同じ時間を繰り返している2人は現代の神戸の夜景を見て何を思っているのでしょうか。
清太と節子の表情を見る限り、幸せそうには思いません。
ここに高畑勲監督からの現代の若者へのメッセージがあるように感じます。
このラストシーンに関する明確な解釈はありませんが、皆さんは何を感じますか?
「火垂るの墓」に出てくる清太と節子は幽霊だったとの説について調べてみましたが、いかがだったでしょうか。
作品を見ていると自然と気づく方も多くいるようですが、私は高畑勲監督のインタビューを見て、作品を見返してやっと納得できました。
とても深く、考えさせられる作品ですね。
近年は改憲などの動きが活発になり、そのせいでなかなか「火垂るの墓」を地上波で流せないなどという噂も耳にします。
しかし、戦争の悲惨さを伝えてくれる作品としてこれからも見られ続けるべきだと思います。
最後にはなりましたが、亡くなってしまった高畑勲監督のご冥福をお祈りします。
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