1968年
経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスから
平和活動家アーサー・ワスコウまで
外交政策協会が主催する会議に
招かれた大勢の”先見の明ある人々
が2018年に起きているで
あろう未来を予測した。
その内容は
『2018年へ向けて(Towoard the Year 2018)
という本にまとめられている。
果たして50年前
専門家は2018年に
起きることをどこまで
予測していたのだろうか?
1968年に予測された
2018年までに起きること
さて、2018年へ向けての
内容を紐解いていこう。
50年前に開催された
外交政策協会が主催する会議で
話し合われた内容の大半は
SFの世界にしか存在しないような
ものもあるが
中にはどきっとされる
ようなものもあった。
スタンフォード大学の
チャールズ・スカーロットは
核増殖反応炉が
天然ガスに代わって
電力供給源になると予測。
MITのイティエル・デ・ソラ・プールは
国家が経済を完全に
コントロールする時代が来ると予見。
「国家は失業率、工業化、GNPの増加率を選択する」
と論じ、おまけに
「人間のあらゆる衝動に対する
規制は大幅に緩和され
それに起因して発生していた
暴力がなくなる」とまで述べた。
高名な気象学者トーマス・F・マローンは
「おそらく1980年代後半までには
雷の抑制が可能になる」と予測した。
更にマローンは
台風の兵器化について言及しながら
「大規模な気候の改変が知らぬ間に
影響するようになる」と論じた。
彼は、このような地球温暖化に
対処するには「政策決定能力」を
有した国際的機構組織が
必要になると予測。
そして「可能な限り政治抜き」
のものでなければならない
と耳に痛い言葉を残している。
気候変動説を初期から
支持してきたゴードン・F・マクドナルドは
宇宙の章を執筆。
鋭い観察眼でもって
アポロミッションは政治的利用価値を無くし
有人惑星間飛行が停滞する一方
気象・通信衛星は残るだろうと推測した。
『2018年へ向けて』で
最も一貫して正しかった予測は
日常生活へのコンピューターの浸透だ。
光ファイバーと衛星通信による膨大な
情報ネットワークに携帯機器で
アクセスするという
「電話通信の普遍化」が
実現するというのだ。
出典: i0.wp.com
数少ない慧眼の持ち主だった
ベル研究所のジョン・R・ピアースは
タッチトーンで文字や写真を送信し
その結果をオンラインで
編集するという時代の到来を予測。
フリーラブと管理経済を予見した
イティエル・デ・ソラ・プールであるが
フェイスブックやグーグルが
出現する50年も前にデジタル化された
個人情報の管理操作について
懸念を表明している。
「2018年までに
画面の前に座った研究者は
低IQで(学業記録に基づく)
家族に失業者がいる
(社会保障記録に基づく)
人々の消費活動
(店の記録に基づく)が
蓄積されるようになる」と
予測し、「すなわち
彼はそうする技術的能力を
有するようになるということだ。
ではその法的な権利はあるだろうか?」
と問いかけた。
本の出版はインターネットの
起源であるアーパネットが
するちょうど1年前のことであったが
ハーバード大学の情報科学者
アントニー・オッティンガーは
「ヴァネヴァー・ブッシュが
提唱したメメックス
(仮想電子メカニズムテキスト
視聴覚読み取り機)の
超巨大バージョン」に言及。
これは1968年当時における
インターネットに関する記述としては
最も優れた要約である。
しかしオッティンガーは
理想主義者ではなかった。
彼のエッセイのタイトルは
「エレクトロニクスは教育に
革命を起こすかもしれないが
人類の欠点の問題を
解決することはないだろう」
である。
彼は特にその超巨大メメックスに
政府がきちんと対応できる
可能性について懐疑的だった。
「ブロードバンド通信
テレビ電話
データへの瞬間的な
アクセスをそうした組織の
管理下に置くことは
肥満の人間にパン生地を
与えるようなものだ」
と述べつつ、そうした科学技術の
登場がそれを賢明に使いこなせる
能力をも必然的に伴うという
想定については、
「楽観的すぎる」と釘を刺した。
オッティンガーは『2018年へ向けて』の
寄稿者の中で唯一今も存命の人物だ
。会議の一部の出席者にとっては
そうした変化が実現するまでに
長くはかからないはずだった。
エドウィン・ヨーダーは
最も野心的な予測さえすぐに
時代遅れになってしまう速度で
デジタル化が進む新聞業界を
目の当たりにした。
「1976年、大きなプレスルームは
タイプライターの騒音が
カタカタ鳴り響いていたが
その4年後、まるでクッションでも
置いたかのように
そこは不気味なほど静まり返っていた」。
まったく予測できなかったソ連の終焉
明らかに本からそっくり
抜け落ちているものもあった。
錚々たる面子にも関わら
、ソ連の終焉を予測した者は
誰一人としていない。
また女性の寄稿者もいなかった
、人権についての章もなかった。
平和活動家であるアーサー・ワスコウにとって、
それは偶然でもなんでもない。
「それこそが、この連中について私
が最終的に感じたこと」と彼は述懐している。
「連中はその時になっても相変わらず
自分たちが責任を担っていると
想定して未来を予測したのだ。
連中の技術は60、70年代のコーポレート
キャピタリズムという枠組みに沿ったものばかりだ」。
かつての常識は今の非常識。
ということは、今の常識は未来の非常識に
なりうるのだ。奴隷制度が当たり前とされてきた
時代を経て今は人権が重要視されている。
だが今後AI(人工知能)技術が発展するにつれ、
また更に人の価値が変わりつつありそうだ。
1968年の本には言及されていなかったが、
AIロボットの台頭は
今の人類にとって懸念すべき材料だろう。
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