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島田事件…自白強要され死刑囚となってしまった赤堀政夫のその後…

2018/05/18 UPDATE
 
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  • 島田事件

  • 島田事件(しまだじけん)とは1954年3月10日に静岡県島田市で発生した幼女誘拐殺人、殺人死体遺棄事件である。被告人が死刑の確定判決を受けたが、1989年に再審で無罪になった冤罪事件。
  • 事件の概要

  • 島田事件は6歳の女児が行方不明になり、3月13日に女児は幼稚園から見て大井川の蓬莱橋を渡った対岸である大井川南側の山林で遺体で発見されたのがきっかけで発覚しました。

    女児は首を絞められ性器に傷害を負わせ、その後に被害者の胸部を凶器不明のもので打撃して殺害されるという痛ましい事件でした。

    そこで逮捕されたのが赤堀政夫さん。

    赤堀さんは取り調べを受けることになりました。
  • 拷問の末に自白強要

  • 出典: lmedia.jp
  • 赤堀さんは拷問を行われてしまいました。

    自白強要をさせられてしまい報道機関に公表されてしまいました。

    被告人の状況は、軽い知能障害と精神病歴があり、前歴があったそうです。
  • 警察は赤堀を窃盗の被疑事実で別件逮捕し、警察の尋問室の密室の中で拷問を行い、被害者の女児を性犯罪目的で誘拐し殺害したとの供述を強要した結果、赤堀に被害者の女児を誘拐し強姦して性器に傷害を負わせ、胸部を握り拳サイズの石で打撃した後、首を絞めて殺害したとの虚偽の供述をさせて供述調書を作成し、その旨を報道機関に公表した。
  • 裁判の結果

  • 判決は死刑を下されました。

    被告人の証言の「警察官に拷問され、虚偽の供述をさせられた」と主張しました。

    ですが、被告人の前歴や軽度の知能障害もあり中々覆ることはありませんでした。

    再鑑定を依頼したところ鑑定に問題があり無罪判決が下りました。
  • 1958年5月23日、静岡地方裁判所は赤堀に死刑判決を下した。

    1960年2月17日、東京高等裁判所は控訴を棄却した。

    1960年12月5日、最高裁判所は上告を棄却し、赤堀の死刑判決が確定した。

    1986年5月30日、静岡地裁は赤堀と弁護人の第4次再審請求を棄却したが、抗告審の東京高裁は再審開始を決定し、審理を静岡地裁に差し戻した。

    1989年1月31日、赤堀が釈放される。最高裁での死刑確定から31年1ヶ月が経過しており、既に元号は平成に変わっていた。

    1989年7月31日、再審の静岡地裁は無罪判決をした。

    1989年8月10日、検察官は控訴を断念し、逮捕から34年8ヶ月後、死刑判決確定から29年8ヶ月後に赤堀の無罪が確定した。
  • 赤堀さんのその後

  • 赤堀さんは釈放時は健康状態がかなり悪化していました。

    社会でも適応する事ができず病院への入退院を繰り返していたそうです。

    現在は、死刑廃止運動など様々な活動を行なっているそうです。

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