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打坂地蔵尊、地獄坂の崖から落ちる乗客の犠牲になった鬼塚道男の人生に涙…

2018/05/18 UPDATE
 
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  • 打坂地蔵尊をしっていますか?

  • これは昭和49年の10月に建てられた地蔵尊です。

    こちらが建立されるのに至った理由に

    鬼塚道男という方が乗客の命を救ったという逸話があります。

    本日はそんなお話しをご紹介させて頂きます。
  • 打坂地蔵尊、鬼塚道男の物語

  • 昭和22年にこの事件は起きました。

    当時は木炭バスと呼ばれる、木炭をエネルギー源としたバスが運行していました。

    木炭バス瀬戸営業所に勤務していた鬼塚道男さんは、満員に近い客を乗せて

    「地獄坂」と呼ばれる坂を上っていました。

    しかし峠の頂上に差し掛かった直前、突然ブレーキが効かなくなりバスはずるずると後退を始めました。
  • 地獄坂からの落下

  • 出典: modal.x0.com
  • 鬼塚道男さんは後退を始めたバスを止めるために、飛び降りてすぐに道脇の大きな石を車輪の下に入れました。

    しかし既に速度がついていたバスは止まることはありません。

    その先には10メートル以上の崖が控えていました。

    このままでは乗客30名がそのまま崖に落ちてしまう。

    そう考えた鬼塚道男は咄嗟に後部車輪の下に飛び込み、自らの体を輪止めにしました。

    その後バスは止まりましたが、犠牲となった鬼塚道男さんは病院に運ばれ、息を引き取りました。
  • なぜ事故が起きたのか?

  • 木炭バスは今のようなガソリンではなく、車体の後ろの釜で炭を焚いていたバスでした。

    馬力は原チャリ程度しかなかったのです。

    そんな中、地獄坂を走っていた所、バスのギアシャフトが外れてしまいました。

    さらにブレーキもエンジンも前進ギアもかからない。

    これがきっかけとなりました。
  • 救命地蔵と呼ばれる打坂地蔵尊

  • 70年以上過ぎた今、鬼塚車掌の命日である9月1日では地蔵の前で供養をしています。

    こういった事故が起きないように。安全に運転ができるようにという願いを込めたものです。

    この地蔵ができるまで26年という歳月がかかったのは、当時誰もが貧乏だったからです。

    乗客は口々にお礼を述べたのですが、物資が不自由だったため、誰も何もできませんでした。

    30名のために犠牲となった鬼塚道男さんのことを心に刻んで、人々は日々を生きています。

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