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松山事件…証拠を捏造され死刑囚となってしまった斎藤幸夫の人生が…

2018/05/18 UPDATE
 
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  • 松山事件

  • 松山事件(まつやまじけん)は、1955年(昭和30年)10月18日に、宮城県志田郡松山町(現大崎市)にて発生した放火殺人事件と、それに伴った冤罪事件である。
  • 事件の概要

  • この事件は放火殺人事件です。

    農家の一家4人の焼死体が発見されたのが事件の発端でした。

    そこで、逮捕されたのが東京都板橋区に勤務していた斎藤幸夫さんでした。

    斉藤さんは当時喧嘩で傷害事件を起こしていて示談が成立した直後でした。

    それとは別件容疑で東京に勤務している事実を家出と偽り逮捕状を請求して逮捕されてしまいました。
  • 取り調べでの追い込み

  • 出典: i.ytimg.com
  • 斎藤さんは取り調べでかなり追い込みを受けていました。

    自白と撤回を繰り返し強盗殺人・放火の疑いで逮捕されました。

    警察は留置所に前科5犯のスパイを送り込み、「警察の取調べで罪を認めても、裁判で否定すればいい」と斎藤に言って自白に追い込んでいたことが判明しました。

    さらに、証拠として提出された男性の掛け布団の血痕は、警察の捏造であると発覚しました。
  • 裁判の結果

  • 1957年(昭和32年)10月29日、仙台地方裁判所で死刑判決。

    1959年(昭和34年)5月26日、仙台高等裁判所が控訴を棄却。

    1960年(昭和35年)11月1日に最高裁判所が上告を棄却し、死刑が確定。
  • 先述した通り証拠が警察が捏造したものと発覚してから1984年に無罪判決が下されました。

    斎藤さんは28年7ヶ月にも及ぶ獄中生活に終止符を打ちました。

  • 釈放された後の生活

  • 釈放された後の斎藤さんは刑事補償金を受け取るもほとんどを裁判費用の返済に払いました。

    晩年は年金に加入しておらず生活保護で生活していたそうですが、2006年に亡くなりました。

    この冤罪事件は四大死刑冤罪事件の一つとして取り上げられています。

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